2017年10月17日火曜日

(YouTube)Les Mis "Do You Hear The People Sing" / Les Miserables 2012 Finale (last song)  映画『レミゼラブル』より『民衆の歌』


Les Mis "Do You Hear The People Sing"
視聴回数 15,011,245 回



Les Miserables 2012 Finale (last song)
視聴回数 4,460,832 回

正岡子規『明治卅三年十月十五日記事』〔『ホトトギス』第四巻第二号 明治33年11月20日〕を読む(1) 「御馳走(ごちそう)は、あたたかきやはらかき飯、堅魚(かつお)の刺肉(さしみ)、薩摩芋の味噌汁の三種なり。皆好物なるが上に配合殊(こと)に善ければうまき事おびただし。飯二碗半、汁二椀、刺肉喰ひ尽す。」

明治33年。
子規34歳。
その死の2年前。
『ホトトギス』で、「写実的の小品文」の一つの実践形態としての「日記」を募集し、それに応じて投稿された日記の手入れを行っているある一日の病床生活を、子規自身の「日記」として発表したのもの。

この年、漱石は熊本を引き払いロンドンに留学する。
7月23日と8月26日、漱石は子規を訪問するが、それが2人の最後の別れとなる。
明治35年、子規没を知らせる虚子からの手紙に応えて漱石は

.....小生出発の当時より生きて面会致す事は到底叶ひ申間敷と存候。是は双方とも同じ様な心持にて別れ候事故今更驚きは不致、...(明治35年12月1日付 漱石の手紙)

と書いている。

また、この年は、その2年前に『歌よみに与ふる書』で論争した伊藤左千夫が子規を訪れ、その弟子となる年でもある。長塚節もこの年、子規門下に入る。

『明治卅三年十月十五日記事』を読むにあたっては、
小森陽一『子規と漱石 友情が育んだ写実の近代』の伴走に依った(青字)。


 余が病体の衰へは一年一年とやうやうにはなはだしく此(この)頃は睡眠の時間と睡眠ならざる時間との区別さへ明瞭に判じ難きほどなり。睡(ねむり)さめて見れば眼明(あきら)かにして寝覚(ねざめ)の感じなく、眼を塞(ふさぎ)て静かに臥(ふ)せばうつらうつらとして妄想はそのままに夢となる。されば朝五時六時頃に眼さむるを常とすれど朝の疲労せる時間を起きて頭脳を使はんは少しにても静かにあらんに如(し)かずと、七時八時頃までうつらうつらとして夢と妄想の間に臥し居るなり。今朝眼さめたるは五時頃なるべし。四隣なほ静かに、母は今起き出でたるけはひなり。何となく頭なやましきに再び眠るべくもあらねば雨戸を明けしむ。母来りて南側のガラス障子の外にある雨戸をあけ窓掛を片寄す。外面は霧厚くこめて上野の山も夢の如く、まだほの暗きさまなり。庭先の鶏頭(*「奚+隹」、けいとう)葉鶏頭(*同じ、はげいとう)にさへ霧かかりて少し遠きは紅の薄く見えたる、珍しき大霧なり。余は西枕にて、ガラス戸にやや背を向けながら、今母が枕もとに置きし新聞を取りて臥しながら読む。朝眼さむるや否や一瞬時の猶予(ゆうよ)もなく新聞を取つて読むは毎朝の例なり。『日本』を取りて先づ一ページをざつと見流し直にひろげて二ページを読む。支那問題はいつ果つべくも見えず伊藤内閣も出来さうで出来ず埒(らち)のあかぬ事なり。五ページを見て三ページを見て四ペ一ジを見て復(また)一ページに返り論説雑録文苑などこまかく見る。かくする間に『時事新報』、『大坂毎日新聞』など来る。新聞を読む間、一時間半より二時間半に至る。その間寸時も休む事なし。終りてガラス戸の方を向くに霧漸(ようや)く薄らぎ、葉鶏頭(*同じ)の濡れたる梢(こずえ)に朝日の照る、うつくしく心地よし。

「五時頃」の「今朝」の「眼さめ」から始まって、時間を追って一日の出来事が記されていく。
「母」親が起きたようなので、「雨戸を明け」てもらう。「ガラス戸にやゝ背を向け」 で、秋の明け方の光をとり込みながら、「母が枕もとに置」いていってくれた新聞を読む。まず『日本』からはじめ、『時事新報』、『大阪毎日新聞』、そして『海南新聞』と、「一時間半」から「二時間半」をかけて読む。その頃には「朝日」が「照」り始めて、濡れた葉鶏頭が「うつくしく心地よし」という状態になる。

 いたく疲労を覚ゆるに再び眠りたく眼を塞ぎたるも例のうつらうつらとするばかりにて安眠を得ず。溲瓶(しびん)を呼ぶ。『海南新聞』来る。中に知人の消息はなきやとひろげて見る。妹に繃帯(ほうたい)取換を命ず。繃帯取換は毎日の仕事なり。未だ取りかからざる内に怪庵(かいあん)来る。枕元の襖(ふすま)をあけて敷居ごしに話す。余は右向きになり頭を擡(もた)げ右手の肱(ひじ)を蒲団の上につき居り。こは客に接する時、飯くふ時、筆を持つ時に取る所の態度なり。先日手紙にて頼み置きたる者出来居るか、と怪庵いふ。余、僕は字を書く事は誰にもことわつて居るのだからこの分だけ書く訳にゆかず、宜(よろ)しく先方へさういふてくれ、と頼む。怪庵、小ぎれに書きたる木堂(もくどう)の書を出して示す。それより書の話に移る。怪庵、僕は外に望はない、書ばかりは少し書いて見たい、といふ。僕も時々大きな字をなぐりつけたけれど筆がないので買ひにやると一六先生用筆といふ二十銭の筆を買ふて来た、書いて見ると一六先生に似たやうなよつぽど変な字が出来るので呆(あき)れてしまふた、と話して笑ふ。一六はいやだ、と怪庵口をとがらしていふ。きのふ蘇山人(そさんじん)に貰ひたる支那土産の小筆二本と香嚢(こうのう)とを出させて怪庵に示す。怪庵、筆にかぶせてある銅の筆套(ひっとう)を抜き、指の尖(さき)にて筆の穂をいぢりながら、善く書けさうだな、といふ。それより、能書不択筆(のうしょふでをえらばず)といふが昔の書家は多く筆を択びし事、不折が近来法帖(ほうじょう)気違となりし事、不折の鵞群帖の善き事、『ホトトギス』が発行期日をあやまる事、西洋の新聞雑誌が皆大金をかけて思ひきつた仕事をする事、雪嶺(せつれい)翁が校正の時に文章を非常に直すので活版屋が小言をいふ事、外に、嶺雲(れいうん)その他の消息など暫(しばら)く話して、怪庵は帰る。

 日光はガラス戸ごしに寐牀の際まで一間ほどさしこみて、午時は近づきたり。心地よくしかも疲れを覚ゆ。再び枕に臥して飯を待つ。朝餉(あさげ)くはぬ例なれば昼飯待たるるなり。やがて母は、歯磨粉、楊枝(ようじ)、温湯入れしコツプ、小きブリキの金盥(かなだらい)など持ち来りて枕元に置く。少しうがひして金盥に吐く。大きなブリキの金盥に温湯を入れ来る。これにてかたばかり顔を洗ふ。寐て居て顔は洗へぬものなり。

来客(怪庵)があり、応対しているうちに、陽の光は「ガラス戸ごしに寝床の際迄一間程さしこ」んできて、昼近くなっている。「心地よくしかも疲れを覚ゆ」とある。
朝食は食べないので、「昼飯待たるゝなり」と記している。やがて「母」が「ブリキの金盥」と洗面用具を持って来る。「これにてかたばかり顔を洗ふ。寝て居て顔は洗へぬものなり」。絶妙なユーモアに包んでいるが、寝たきりの病人の不自由さが、読む者に身体感覚的に伝達されていく。

 あるいは枕に就きあるいは頬杖つきて待つ。午(ひる)過ぐる頃やうやうに母、飯を運び来る。膳の代りにしたる長方形の木地の盆を蒲団の上に置く。御馳走(ごちそう)は、あたたかきやはらかき飯、堅魚(かつお)の刺肉(さしみ)、薩摩芋の味噌汁の三種なり。皆好物なるが上に配合殊(こと)に善ければうまき事おびただし。飯二碗半、汁二椀、刺肉喰ひ尽す。ブランデー一口を飲む。母は給仕しながら、そこに坐りて膠嚢(こうのう)にクレオソート液を入れ居り。食了(くいおわ)りて、クレオソート三嚢を呑む。漬物と茶は用ゐぬ例なり。自ら梨二個を剥(む)いで喰ふ。終に心(しん)を噛(か)み皮を吸ふ。

待ちに待った「御馳走」を「母」が「運び来る」。
この日のメニューは「あたゝかきやはらかき飯、堅魚の刺肉、薩摩芋の味噌汁の三種」である。「皆好物なるが上に配合殊に善ければうまき事おびたゞし」という一文からは、子規の味覚的な喜びと、空腹が一つひとつ満たされていく内臓感覚の充足が読者に伝わってくる。おどろくほどの子規の食欲が「飯二碗半、汁二椀、刺肉喰ひ尽す」という叙述にあらわれている。

 食後、硯箱、原稿紙、手入すべき投書など寝床近く寄せしめ置きたれど、喰ひ労れに労れたれば筆を取る元気もなくてまた枕に就く。

食べ終って「硯箱、原稿紙、手入すべき投書を枕元に運んでもらうのだが「喰ひ労れれに労れたれば筆を取る元気もなくて又枕に就く」からは、どれだけの勢いで食事をしたかということと、病人は食事をするだけで体力を消耗すること、そして仕事をしようと思ったものの、その体力が残っていなかったことに直面した落胆とが、短い表現ではあるが、正確に読者に伝えられている。

つづく



【衆院選終盤情勢】自民、沖縄全敗も 北海道でも劣勢 - 産経ニュース ; 産経新聞社とFNNの衆院選情勢調査によると、自民党は北海道の全12選挙区で優勢なのは5選挙区にとどまり、全4選挙区の沖縄県では全敗の危機に立たされている。 ← それでも合計で2/3議席とか300議席とか取るの? 

衆院選:介護経営実態調査、公表を自粛 厚労省「選挙に配慮」 事業者からの反発恐れ - 毎日新聞 ; 《社会保障費抑制の観点から介護報酬は厳しい改定になる見通しで、今回の調査結果は財務当局が報酬引き下げを主張する後押しになるデータも含まれる。引き下げ論が強まれば介護事業者らの反発も予想され、同省幹部は「選挙に影響を与えないため、公表を遅らせた」と明かす》





吉田照美氏「衆院選は安倍政権の5年を考え投票を」(日刊スポーツ);「5年間の安倍政治が、我々の市民生活に、何をしてくれたのか。自分の生活が、どれだけこの5年間で良くなったのかを考えてみればいいわけです。あまりないんだったら、政権を変えればいいんですよ。」 / 前川喜平さんインタビュー「衆院選は加計森友隠しの安倍政権に審判下すチャンス」 



2017年10月16日月曜日

(YouTube)Gidon Kremer - Bach, Chaconne


Gidon Kremer - Bach, Chaconne




北の丸公園は冷たい雨の中 2017-10-16 コムラサキ 中の池とススキ ホトトギス ユッカ蘭(竹橋畔)

10月16日(月)冷たい雨
秋雨前線が停滞中。最高気温は14℃あたり。
この時期に気温15℃を下回るのは約50年ぶり(46年ぶりだったか?)らしい。

北の丸公園もすっぽり冷たい雨の中。
さすがに人影はない。

帰りの電車の中で、ハナミズキの紅葉具合の確認を忘れてたのに気がついた。
ま、気がついたのだからボケたのではない、と思っておこう。





▼竹橋畔のユッカ蘭

【速報】加計学園獣医学部、23日にも認可 同日に孝太郎理事長が記者会見(田中龍作ジャーナル); 世論が安倍自民大勝に沸く翌日だ。国民が安倍政権を支持したのだから異論は言わせない、という官邸の高圧的な姿勢が はっきりと 表れている。







「森友・加計」依然うやむや 語らぬ首相 批判の野党(東京新聞):「「選挙が終われば、終わるものだとは思っていない。求められれば、誠意を持って答えなければならない」としたが、自ら説明する姿勢はない。このため、演説中に聴衆から「森友・加計を説明しろ」とやじが飛ぶことも。」

2017年10月15日日曜日

(YouTube)Dvořák: Cello Concerto + 1 / Rostropovich Ozawa NHK Symphony Orchestra (1995 Movie Live) ; ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロストロポーヴィチ 小澤征爾 N響


Dvořák: Cello Concerto + 1
/ Rostropovich Ozawa NHK Symphony Orchestra (1995 Movie Live)

デフレかバブルか (翁邦雄『朝日新聞』2017衆院選2017-10-12);「2020年の東京五輪のあと必ず需要が落ちる。しかもそこまで景気はもたないでしょう。このままでは金融緩和の余地がない。緩和手段ののりしろをもっておくには、経済が好調のときに少しでも政策を正常化しておくべきです」


デフレかバブルか
元日本銀行金融研究所長翁邦雄
(『朝日新聞』2017-10-12)

物価至上主義の愚
市場ゆがめた日銀
旗降ろせぬ総裁

 統計上は企業業績も雇用も絶好調だ。それでも首相は「アベノミクスで脱デフレ」を唱えて選挙に臨み、日本銀行はバブル懸念も辞さず、危機対応のような超金融緩和に邁進する。心配すべきはデフレなのか、バブルなのか。くらしに直結しながら専門的でわかりにくいこの問題について、金融政策論の第一人者に聞いた。

 ー 安倍晋三首相は「アベノミクスを加速してデフレから脱却する」と選挙で訴えています。日本はいま本当に、物価が下がり続けるデフレですか。

 「デフレはあいまいな言葉ですが、ときほぐすと政府の公式見解のように統計的な物価下落だけを指すこともあれば、不況を示すこともある。物価の伸びはいまゼロを少し上回るくらい。統計的にはデフレではありませんが、この先マイナスになりかねない水準ではあります。かたや景気は実質成長率が堅実に伸び、完全雇用といえるほど人手不足です。政府は『デフレではないが、デフレを脱却したとは言えない』という、不思議な説明をしています」

 ー 雇用がいいなら、無理に物価を上げなくてもいいのでは。

 「7月発表の日銀の調査では、8割の人が物価上昇は『困ったこと』と答えています。当初、国民は政府の脱デフレのメッセージを、不況感を打破してくれる試みと受け止めたのでしょう。でも、安倍政権と黒田東彦日銀総裁は『デフレ=物価下落』ととらえ、物価が上がらないから景気がよくならないとの立場をとりました」

 「そこで出てきたのが、2%インフレ目標至上主義です。明らかにまちがいです。実際は物価が上がらなくても好況になるし、日銀さえ頑張れば物価が上がる、ということもありません」

 ー デフレ脱却という目標がまちがっていたということですか。

 「日本経済への悲観の源流は物価が上がらないという表面的なことより、未婚や少子化、高齢化といった構造問題です。安倍政権がここを意識して介護離職ゼロなどの目標を後から追加したのは良かった。でも海外投資家も、多くの人もアベノミクスと言われてまず浮かぶのは大胆な金融政策、異次元緩和でしょう。黒田総裁は本気で短期決戦に臨んだ。しかし日銀のインフレ目標は2年どころか4年半たっても達成できない。逆説的ですが、金融政策だけで機械的に目標を達成はできないと見事に証明してしまったのです」

     ■     ■

 ー なのになぜ、日銀はこの政策をずるずる続けるのですか。

 「黒田総裁が2%目標を最優先課題にしたので、いまさら旗を降ろせなくなったのでしょう。おかげでさまざまな副作用やリスクが生まれています。日銀が大量の国債を買い支えることで政府は財政規律を失い、マイナス金利政策は利ざやが稼げなくなった銀行経営を追い込んでいます。国債も株式も、いまや日銀の買い支えに頼る官製市場です。金融システムがかなり脆弱になってしまいました」

 「昨秋に日銀が政策の総括的検証をしたときが、軌道修正のチャンスでした。でも、そこでも政策は有効だったと強調した。日銀の情報発信はまるで、大本営発表のようになってしまいました」

 ー 日銀はどうすべきですか。

 「インフレ目標は中長期的な目安という原点に立ち返るべきです。中央銀行には物価安定だけでなく、金融システムを守るという重要な役割があります。インフレ目標の実現のためならどんな政策も辞さないという姿勢では金融は安定しません。それでは結局、物価安定も長続きしないでしょう」

 ー 異次元緩和は「リフレ論」つまり金融政策で人為的に物価を上げれば景気を良くできるという考えが根拠です。唱えたのは現日銀副総裁の岩田規久男氏でした。

 「1990年代初め、当時学者だった岩田さんは、日銀がマネタリーベース(日銀への預金や銀行券)さえ増やせば世の中に出回るお金全体が増え、必ず物価は上がる、という貨幣数量説を主張しました。当時日銀の調査課長だった私は、マネタリーベースを増やしても必ずしも世に出回るお金全体は増えない、と反論しました」

 ー 世に言う「翁・岩田論争」ですね。四半世紀たち、こんどは岩田さんが日銀入りして攻守が入れ替わりました。論争の決着は?

 「岩田さんはその後、説明ぶりを変えました。マネタリーベースが増えれば人々が予想する将来のインフレ率が高まり物価が上がるのだと。『信ずる者は救われる』という説です。しかし現実は予想インフレ率が下がり続け、この議論も誤りだとはっきりしました」

 ー 今年、東京・銀座の一等地の地価がバブル期を超えました。異次元緩和が土地や株などの資産バブルをあおっていませんか。

 「たしかに政策がバブルを促している面はあります。日銀は国債市場の異様に巨大な買い手だし、株式市場でも株価が下がると日銀が上場投資信託を大量に買い上げて株価を支えています。資産市場はかなりゆがんでいます」

 ー それでも多くの人はバブルとは思っていないのでは。

 「バブルは崩壊して初めてそれとわかるもの。バブルのさなかはむしろ快適です。大酒を飲んでいると気分がいいけれど、翌朝ひどく二日酔いになって初めて飲み過ぎを後悔する。あれと同じです」

 ー 酔い冷ましが必要ですか。

 「そうです。巨額のお金をつぎ込んだ市場から手を引く必要がある。でも、日銀といえども簡単ではありません。大量に買った株を日銀が売り始めたら株価は大きく下げて、大混乱になるでしょう」

     ■     ■

期待の暴走の先
円暴落の危険も
次の不況が心配

 ー バブルという言葉、翁さんが日本に紹介したそうですね。

 「80年代初め、米国留学で学んだバブル現象について私が本を書いたとき、日本ではまだほとんど知られていませんでした」

 ー 改めて、バブルとは?

 「期待の暴走です。土地や株、絵画などの資産が値上がりし、さらに上がるという期待に拍車がかかる状態が典型的バブルです。有名なのは17世紀のオランダのチューリップバブル。球根が家1軒分なみの値段となり、その後暴落してオランダ経済は大混乱でした。日本の80年代後半のバブルも株価と地価の急騰と暴落で、経済は長期的にダメージを受けました」

 ー 異次元緩和はバブルを膨らませるのに、黒田総裁は出口をはるか先と考えているようです。

 「バブルで資産価格がゆがむのも問題ですが、この状態で次に本当の不況が来るのが心配です。2020年の東京五輪のあと必ず需要が落ちる。しかもそこまで景気はもたないでしょう。このままでは金融緩和の余地がない。緩和手段ののりしろをもっておくには、経済が好調のときに少しでも政策を正常化しておくべきです」

 ー 正常化できなかったら?

 「極端な金融政策の果てに何が待っているのか、専門家でも十分にわかっていません。このまま日銀が国債を買い支え続ければ市場機能が死んでしまうので、国債暴落は起きないかもしれない。ただそのとき為替市場など他の市場がどうなるかが見通せません。私は最悪のケースでは、円が暴落するのではないかと心配です」

 ー 円高恐怖症の日本では円安はむしろ歓迎されてきました。

 「問題は相場が極端に動くときです。円が高ければ円を売ればいい。でも安くなったときドルを売って円を買い支えるのは難しい。政府の外貨準備は有限だからです。92年の英ポンド危機でも、英国は通貨防衛できませんでした。日本もひとごとではありません」

     ■     ■

 ー 今回の総選挙で異次元緩和について希望の党が当面維持と言い、立憲民主党は公約に掲げていません。消費増税は両党とも「当面凍結」。リスクに直面している危機感が野党にも見えません。

 「将来のリスクを考えると必要でも、不人気な政策は選挙のたびに後退しがちです。消費税も年金保険料改定方式のように小幅に毎年上げ続ける法律をつくることなどで、争点化を避けるべきです」

 ー デフレもバブルも困るけれど、どちらがまだましですか。

 「マイルドなデフレのほうがましでしょうねバブルを起こすほうがはるかに有害で失うものが大きい。日本経済を低成長に引きずりこんだのも、バブル崩壊による金融システムの不安定化でした」

 「米国では以前は大恐慌のトラウマがあってデフレ恐怖症が強かった。だから米中央銀行FBRのグリーンスパン元議長は、デフレ回避のためにバブル発生リスクもいとわなかった。その結果がリーマン・ショックです。バブル崩壊の影響を軽視してきた米欧の政策当局も、いまは金融危機の恐怖を切実に感じているはずです。日銀もそれを思い起こしてほしい」

 (聞き手・編集委員 原真人)

 

大阪府私学課に事実の問い合わせをした時のやりとりあり →  "維新松井の「幼稚園から高校まで教育費の実質無償化」は大ウソ!"

【希望・小池の言うことが信用できないワケ】 「希望」の内部留保課税。時系列でみるとわかりやすい。 10月6日・小池百合子「消費税に代わる財源として内部留保に課税する」  ↓ 7日・経団連の榊原会長「課税は認められない」  ↓ 13日・小池「課税にこだわらない」 1週間で撤回 ← 有権者をバカにしたらアカンよ!     

「安倍政権の野望」は是か否か、選挙の争点はそこだろう  国難、国難というけれど(辻野晃一郎); 安倍氏にしろ、自民党にしろ、加計氏にしろ、「驕れるものは久しからず」だ。自分たちの驕りによって日本の民主主義を著しく傷つけた代償は、いずれ必ず自分たちで払うことになるだろう。


「国難突破解散」に大義はあるのか

(略)

確かに、北朝鮮情勢は深刻だが、いまさら戦前戦中に好んで使われた「国難突破」などという言葉を弄して危機を煽ること自体がレトリックじみて胡散臭い。実態が「森友・加計学園問題隠蔽解散」に過ぎないことは多くの国民の目に明らかだ。

なるほど、第二次安倍政権が発足してから、表向きの経済指標は好転したかに見える。円安・株高によって企業収益は過去最高水準に達し、有効求人倍率も直近の値で1.5倍を超え、バブル期以来の高水準となった。

完全失業率も2%台の低水準を記録している。経済優先主義的観点からは、アベノミクスには一定の効果があったと評価するのがフェアかもしれない。安倍政権が高い支持率を維持し続けてきた最大の所以はまさにここにある。

しかし、これは日銀を抱き込んだ金融緩和政策が短期的に功を奏してきたからであって、必ずしも実体経済が上向いているわけではない。

日銀は、デフレ脱却を名目として国の借金である国債を大量に買い続け今やその保有残高は430兆円を超えている。さらには、ETF(上場投資信託)を通じて上場企業株も年間6兆円の規模で買い続け株高を演出している。

一方で、これだけの「異次元金融緩和」をやり続けても、黒田日銀総裁が目標としてきた物価上昇率2%の達成は既に6回も先送りされている。

アベノミクス効果の持続を演出するために、このまま出口の見えない金融緩和を続ければ、日銀が債務超過に陥ったり、国の財政破綻を招いたりするリスクが高まっていることは認識しておかねばならない。

安倍政権の正体

(略)

大勢の犠牲を伴ったあの決定的な歴史の変化点を受け入れず、「美しい日本の再建と誇りある国づくり」と称して、列強の一角をなした時代に巻き戻すようなことをやろうと画策している人たちだ。その人たちに支持されているのが現安倍政権なのだ。

「世界の真ん中で輝く国創り」というスローガンの裏には、たとえ米国への隷属性を高めようとも、再び強国として世界を睥睨したい、という国家主義的野望があることを見抜かねばならない。

もともと、特定秘密保護法や安全保障関連法や共謀罪はそのためのものであるし、核兵器禁止条約への不参加や、北朝鮮問題でのトランプ米大統領の好戦的な国連演説に迎合した安倍総理の演説などは、前述の解釈を裏付けている。

しかし、これらの政治的行為は、70年余にわたる平和国家としての努力を無にし、国家の恥を広く世界に晒したようなもので、多くの国民の意識とは乖離している。

経済人の立場から最も憂慮すべきは、安保関連法をなし崩し的に成立させた一連の動きの中で、「武器輸出三原則」を撤廃し、「防衛装備移転三原則」なるものに置き換えて、事実上、軍事技術や武器の輸出ビジネスを解禁したことである。

経団連をはじめとした経済団体は、もろ手を挙げてこの動きを歓迎し、防衛省が主導して武器技術の海外展示会などに多くの日本企業が出展するに至っている。

戦争で儲ける国にしないために

(略)

戦後復興をリードした経済人には、中山素平氏や井深大氏のような気骨のある平和主義者としての経済人がいくらでもいたが、今はどうだろう。

儲かれば軍備でも原発でも大歓迎、ただし自分自身に災いが降りかからなければ、というような節操のないスタンスの身勝手な経済人ばかりが増殖しているように感じる。東芝の凋落などはその帰結ともいえるものではないのか。

戦後、平和憲法の下、戦争放棄した我が国は、「軍産複合体」化した戦前の国家体質を反省し、少なくとも表向きには軍事と経済活動を相容れないものとして切り分けてきた。いわゆる「死の商人」ビジネスとは一線を画してきたのだ。

この立場は我が国の立場としてこれからも堅持していかねばならない最も重要なものの一つだ。しかし、一連の安保関連法成立の裏で、ついにその歯止めも取り払われてしまったことには、ここであらためて警鐘を鳴らしておきたい。

行政の信頼は取り戻せるのか

一強多弱が続いたがゆえの傲慢な政治は、この国のあるべき姿を強引に捻じ曲げて来たが、ついに森友・加計学園問題や稲田元防衛大臣の日報隠蔽問題などを引き起こした。

発覚した一連の不祥事を覆い隠すためだけに、閣僚や高級官僚たちが、あるものを無いと偽り、発言したことを記憶にないとしらを切り、公文書を破棄したと口裏を合わせた。挙句の果てには、国会で不誠実な対応を貫き通した財務省の官僚が国税庁長官に昇進した。

これらを、国を挙げての「モラルハザード」と言わず何と言うのか。

一時の内閣支持率急落の真因は、行政の信頼を著しく失墜させた安倍総理自身に多くの国民が不信感を抱いたことにある。

内閣改造で閣僚たちを取り換えようが、優勢が伝えられる解散総選挙で再び圧倒的多数を得ようが、安倍総理が自ら招いた政治の劣化という問題は決して一件落着とはならない。

森友・加計学園問題に、一点の曇りも行政の歪もなかったと強弁し続けるのであれば、なぜ、安倍昭恵夫人や加計幸太郎氏は表に出てこないのであろうか。

本当にやましいことがないのであれば、正々堂々と野党の証人喚問要請にでも参考人招致要請にでも応じて、経緯を国民に説明すればいいだけだ。「丁寧に説明する」と言いながら決してそうしないこと自体がこれらの問題の胡散臭さを決定づけている。

特に加計幸太郎なる人物は、仮にも教育者の端くれであるのならば、自らの教育理念と獣医学部新設にかけた情熱や計画を国民に直接訴えかける最大のチャンスではないか。

逃げ隠れしていること自体、友人であることをいいことに、時の権力者の威光を利用して利益誘導に走ったことを自ら認めていると解釈されても仕方がないだろう。

このような姿勢は、教育者としての資質に悖るだけでなく、軍需産業に加担した戦前の経済人をも彷彿させるものだ。

安倍氏にしろ、自民党にしろ、加計氏にしろ、「驕れるものは久しからず」だ。自分たちの驕りによって日本の民主主義を著しく傷つけた代償は、いずれ必ず自分たちで払うことになるだろう。それが世の習いだ。

国民は、今こそ、5年弱に渡る安倍政権の功罪を冷静に見極め、この国をこれ以上誤った方向に導かないための最良の選択をしなければならない。当たり前の道理をごまかし、国民を愚弄し続ける強引な官邸主導政治は異常だ。

やれ「希望の党」だの「立憲民主党」だのと、野党もドタバタ続きでまともな選択肢がないのは苦しいが、せめてこの選挙がきっかけとなって、自民党の内部からも驕りを捨てたさまざまな批判勢力が台頭し、一強の暴走が減速することを期待したい。



【加計隠し! 法律に則ってやってる!と自民・女性局長】 福山哲郎「森友加計・問題では、文書は捨てる!記憶は失くす!国会は開かない!」 自民・太田房江(女性局長)「あれは全部法律に則ってやってることですからね!」 / 共産・小池晃「忘れた、資料はない、怪文書だ、正確でない等々逃げまってきた。税金が安倍夫妻の友人に使われたのが、国民の疑問だ。選挙でうやむやにできない。明恵さん、加計氏、当事者を国会に呼ぶべきだ」     


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前の会社の同期会があった 2017-10-14

2017-10-11 自宅近くの公園
*
10月14日(土)、冷たい雨
前の会社の同期会が保土ヶ谷であった。
元来、群れるのはあまり好きでないし、料理もお酒も美味しくなさそうなお店だったので、そんなに乗り気ではなかった。おまけに、仲良しのS氏が事情あって欠席するとの連絡あり、ますます行く気が減退していた。

しかし、まあ、行けば行ったでそれなりに和気あいあいと昔話に花が咲くもので、お酒もぐいぐいいってしまうものである。
いい加減なもんだな。

すぐに忘れそうなので、話題になったことなどをメモしておく。

まず、会の対象者は、同年度に同じ事業所に配属になった者で総勢は26名(以前の記憶では27名だったんだけど、その差異は不明)。
うち、
物故者が4名(うち2名が仲良しだったK氏とY氏)
連絡のつかない人が2名。

そういう前提で、昨日の出席者は13名。
うち、
フルタイム・現役で働いている人が3名(技術士コンサル、子会社勤務、介護NPO)
アパート経営1人
かなりの時間を菜園作業で過ごしている人が2名(1人は千葉の山中でかなり大規模の様子)

この年代の話題の定番
病気の話題では・・・。
ガン経験者が3人
交通事故後遺症が1人
あと、高血圧だのアルコールのドクターストップだのがパラパラと。
(欠席者の中に1人、長期療養中の人がいるとのこと)

もう一つの定番と思われる孫のハナシは・・・
これが意外と少ない。昨年同様、自分から言う人は1人だけ。
質問されて、子供はまだ独身で、とか、ようやく今年結婚した、というのが多かった(ように見受けた)。ウチと同レベル。

そんなこんなで、とりとめもなく、ガヤガヤでお開きとなった。

カメラを携帯していたが、写すタイミングがなかった。
(上の写真は、10/11、車のタイヤ交換をした際の待ち時間に近くの公園で撮ったダリヤ。インスタの材料かな)



「また誰かが餓死するまで…」 生活保護、切り下げ進む(朝日新聞); 国は2013年度からの3年間で、保護費の生活費部分(生活扶助)を段階的に引き下げた。一般の低所得世帯との均衡を図るなどとしている。戦後初の大幅な減額は、1人あたり平均6・5%。670億円規模に上る。


 給付水準の切り下げが進む生活保護。生存権の侵害を訴える受給者による訴訟が相次ぐ。一方で必要な人に保護が行き届かない現状もある。10年前、制度の運用のあり方が問われた北九州市では、適正な保護について選挙戦での議論を求める声があがる。

 生活保護基準改定は違憲・違法なものであり、原告らに憲法上保障された生存権を侵害するもの――。

 生活保護費の減額措置の取り消しを求め、受給者が各地で国を訴えた訴訟。原告は29都道府県の約900人に及ぶ。

 国は2013年度からの3年間で、保護費の生活費部分(生活扶助)を段階的に引き下げた。一般の低所得世帯との均衡を図るなどとしている。戦後初の大幅な減額は、1人あたり平均6・5%。670億円規模に上る。

 (略)



二階氏、ヤジ続ける聴衆に「黙っておれ」 街頭演説中(朝日新聞) / これ、ヤジなのか?  聴衆「消費税上げるなー!」「そうだそうだ」 / この人いつも記者やTVキャスターに対しても横柄な物言いしているが、今回は聴衆に「黙っておれ」と。自分をなにか「特権階級」と勘違いか。 ← 統治者だと思ってるに違いない





報道2001。 維新馬場「身を切る改革だ。選挙後は国会議員報酬2割カットをここで皆さんで約束しませんか?」 共産小池「そこまでおっしゃるなら、維新の皆さんも政党助成金を私たちみたいに拒否しては? 維新さんだけの判断ですぐに出来ますよ」 維新馬場「」 朝から笑わせてくれる / まさに腐敗政治「大阪維新の会」不祥事リスト






2017年10月14日土曜日

【山口4区:安倍晋三の地元】 有権者「森友・加計学園問題 きちんとやらないとダメでしょ」 (逃げるようにして、後ろ向きになって)安倍昭恵「わかりました、はい」 ← これが「丁寧な説明」 / 昭恵夫人、取材拒否に反発の声 逃げ回る夫婦…方針撤回求める(スポニチ); 取材拒否は個人演説会の、いわゆる“箱もの”が対象だが、夫婦そろって逃げているとの批判は避けられない。記者クラブは、方針撤回を求めている。




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 安倍首相の地元山口県の事務所は、候補者への応援で全国を駆け回る首相に代わり、演説会に出席する昭恵夫人への取材を拒否する方針を下関市政記者クラブに伝えた。

 安全の確保などが理由で、その一因に公示前の7日、ツイッターに書き込まれた「ボランティア急募!一人でも多く山口4区に来て、安倍あきえを取り囲みましょう!」との呼び掛けを挙げた。

 事務所は13日までに文書で「関係者と来場者らの安全確保と会の円滑な運営を図り、公正な選挙運動が害されないため」と説明。「昭恵氏は候補者ではないので選挙運動や政見に関わる取材は候補者に申し入れてほしい」と、昭恵氏への取材を拒んだ。

 昭恵氏を取り囲み、威圧を促すような書き込みは大問題だが、締め出しの対象を報道陣とするのは筋が通らない。永田町関係者は「首相が都議選の応援で聴衆に激しくヤジられた秋葉原のような事態になり、それを報じられるのを恐れているのかもしれない」と指摘した。

 今回の衆院選では安倍首相も当初、遊説予定を公表しない“ステルス作戦”を展開。森友、加計学園問題の追及を避けるためとみられるが、11日のテレビ朝日「報道ステーション」では森友学園前理事長、籠池泰典被告(64)について「詐欺を働く人物」と話し、物議を醸している。

 森友問題では昭恵夫人も“渦中の人物”。自身の疑惑に対してはほとんど説明しておらず、いまだに「証人喚問を」との要求が出るほどだ。

 事務所の取材拒否は個人演説会の、いわゆる“箱もの”が対象だが、夫婦そろって逃げているとの批判は避けられない。記者クラブは、方針撤回を求めている。

[ 2017年10月14日 05:30 ]


【高江米軍ヘリ炎上】矢ヶ崎克馬琉球大名誉教授が14日、炎上現場の風下で放射能測定したところ、放射線のベータ線が検出されました。 — 琉球新報辺野古・ヘリパッド取材班(沖縄) / 沖縄で炎上米軍ヘリに放射性物質 在日海兵隊発表、住民健康に不安 (共同通信)




塚田農場で呑む 2017-10-12

10月12日(木)
以前の職場の現役の人と呑んだ。
場所は地元も地元、自宅から徒歩圏内の「塚田農場」。
2年以上前だったと記憶するが、家族呑みで来たことがある。

やはり相手の方が現役なので、仕事の話題が大半だった。

お酒は、ビール、日本酒(冷酒)、ハイボールをごちゃごちゃ呑んだ。
ハイボールは「ポンカン・ハイボール」というもの。柑橘系の味が強く(←好きなのだが)ジュースみたいなので、ダブルを注文しようとしたら、お店のお兄さん、ダブルだと追加料金を戴くことになるので、追加料金が発生しない限度の「濃い目」で持ってきます、とのこと。
ええやん、これ、ということになって、3杯(多分)も戴いてしまった。

5時過ぎから10時半頃までいたのに、結構色んなもの食べたのに、おしゃべりに忙殺されて、撮った写真はこれ(↓)一枚だけ。

楽しい一夜ではありました。

大正12年(1923)9月16日 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一らの虐殺(その11) 復讐(1) 甘粕実弟襲撃失敗 大杉の葬儀の日に遺骨を奪われる

大正12年(1923)
10月4日
甘粕の弟(中学生、17歳)襲撃、失敗
中浜鉄や古田大次郎らアナキストの集団、ギロチン社に属する田中勇之進の犯行。
中浜の指令によるもの。
ギロチン社は、アナキストの集団であるが、大杉らの労働運動社とは運動方針が異なり、リャク(資金強奪)とテロの路線をとっていた。
しかし、中浜は大杉に強く魅かれていた。

『杉よ!
眼の男!
更生の霊よ!』
大地は黒く汝のために香る。

大杉の死をくやしんだ中浜は、このような追悼の辞を書いている。彼は『労働運動』誌上にも詩を寄せる革命詩人でもあった。

中浜は、大杉直系の労働運動社一党が復讐に立たぬことを内心嘲笑していて、その役を自分たちが果たすのだと同志たちにはかった。そして若い田中勇之進にその役割を振り当てた。甘粕は獄中にあるので、実弟五郎が三重県津市第一中学校に通っているのを狙おうという。

10月4日午前7時過ぎ、三重県飯南郡松阪町の路上で、登校中の五郎に勇之進は短刀で襲いかかった。しかし、五郎の身辺を警戒して尾行していた刑事に阻まれ、いったんは逃走をはかったが逮捕されて終わった。
あっけない未遂事件であったが、それは労働運動社の和田久太郎にとってはギロチン社の挑発と受けとめられた。

11月16日、軍隊宣伝ビラ事件で入獄していた武良二の出獄を迎える日の和田久太郎の様子を古河三樹松が伝える。

〈忘れ難い九月も過ぎて逝く秋の冷い朝、僕達は同志武良二君の出獄を中野監獄前に待ち受けた。久さんは「ただ民衆よ迷羊よ、炎となりて地を焼けよ・・・」とあの歌を怒鳴り乍ら、黒鉄の厳しい門をきっと睨んでいたが、その時きっと久さんの心は権力に対する反抗に烈しく燃えていたに違いない〉

12月16日
東京における同志による大杉栄、伊藤野枝、橘宗一の葬儀
葬儀準備委員には和田栄太郎(正進会)、水沼辰夫(信友会)、佐藤陽一(芝浦労働組合)、田中寅吉(機械技工組合)など多くの労働組合代表と、平岩巌(自由人社)、望月桂(農村運動同盟)、武良二(朔風会)らアナキズム系の思想団体が名を連ねた。さすがにポル系の名はみえない。

だが、葬儀の朝、とんでもない事件が発生する。
8時頃、朝食を始めようとしていた労働運動社に、2人の人夫ふうの男と、もう1人紋付羽織袴の中年男が訪ねてきた。人夫ふうの男たちは縁に掛けたままで、羽織の男だけが上がり、「福岡県飯塚炭坑下鳥繁造」の名刺を岩佐作太郎に渡して、九州から葬儀に参列したくて来た旨丁寧に挨拶した。岩佐も挨拶を返し、遺骨に黙礼する男を残して、隣りの部屋に戻り朝食をとり始めた。
そのとき、「この骨は俺がもらって行く」という怒鳴り声が聞こえた。まっ先に部屋に飛び込んだ近藤憲二は、男が一包みにしてある遺骨を左小脇に抱えて、縁先の男に渡すのをみた。近藤の叫びに男はその場に振り返ると、小卓を挟んでピストルを向けた。近藤がたじろいだ瞬間、下鳥は身を翻して門へと走った。
近藤はとっさに椅子をつかんであとを追い、門の外で再び対峙した。近藤には、ピストルに弾が込められていないように思えた。
「撃て!」というと、パシャッと軽い音がした。「こやつ、やはり、からだまだぞ!」と叫んだとき、和田久太郎が飛び出してきて、再び逃げ始めた下鳥を追った。久太郎に向けて、下鳥は逃げつつ2発を撃った。ひるまずに追いつめて、電車通りで和田と近藤は下鳥を組み伏せた。そこへ駆けつけた望月桂が、朴歯の下駄で顔を踏みつけた。

駒込署の鼻先の騒ぎなので、警察が出てきて強引に下鳥を引き立てていったが、そのあいだに、大杉たちの遺骨は、人夫ふうの男たちが待たせていた車で持ち去ってしまった。
これは葬儀妨害を企てた右翼団体大化会の仕業で、下鳥が撃ったのはいずれも実弾であった。

この事件のために、午後1時から谷中斎場で行われた葬儀は、遺骨なしの緊張したものになった。無宗教の葬儀で、祭壇には遺骨の代わりに3人の写真が飾られ、二十数旒(りゅう)旅の団体旗が立ち並んだ。参会者は700名に及んで場外にまで溢れた。

司会の岩佐作太郎は、開会の辞で40分にもわたる熱弁を揮い、虐殺事件の真相を暴露した。和田久太郎は大杉と野枝と橘宗一少年の略伝を全員の前で朗読した。
葬儀の終わりは「無政府主義万歳」の大合唱で、臨監警部による「中止・解散」の声で幕切れとなった。

12月20日
第4次『労働運動』刊行。
第3次は7月1日発行の第15号で終った。
フランスから帰ってきた大杉を迎えて、新しい発展を期していたところに襲ったのが震災であり、そのなかでの大杉らの惨死であった。主柱を喪った『労働運動』は再出発せざるをえなかった。同人には、近藤、和田、村木の他に、和田栄太郎(正進会)、水沼辰夫(信友会)、山鹿泰治が名を連ねた。
和田久太郎はこの第1号の巻頭に「大震大火による騒乱と奴等の逆襲 - 並びに急進愛国党の出現 -」という文章を書いている。

12月27日
大化会の岩田富美夫が遺骨を持って警視庁に出頭してきた。連絡を受けた村木が受けとりにいくと、警視庁は異様に大混乱していて、遺骨受けとりどころではなかった。
この日、第48通常議会の開院式に出席する摂政の自動車に向けて、難波大助が仕込み銃を発射した。弾丸はお召自動車の窓を射抜いたが、侍従長が顔に負傷しただけで終わった。ときの内閣を総辞職させることになる「虎の門事件」である。このため大杉らの遺骨が返されてきたのは、じつに年を越えた翌年5月18日であった。

つづく



2017年10月13日金曜日

(YouTube)Heike Matthiesen - Spanish Dance No 5, Andaluza  エンリケ・グラナドス『12のスペイン舞曲(作品37)』第5曲「アンダルーサ」


Heike Matthiesen - Spanish Dance No 5, Andaluza




沖縄県東村の米軍ヘリ事故を、民家の屋上から取材するカメラマンたち。家主は「伝えて欲しい」と、屋上と駐車場を開放してくれた。米軍絡みの事故では、規制線は広範囲に敷かれるため、地元の人々の協力なくして取材は難しい。顔見知りの沖縄県警の警官も「どんどん報道してくれ」と耳打ちしてきた。 — 原田浩司/Koji Harada / 事故機に放射性材料 部品で使用、米軍認める 久米島緊急着陸と同一機 高江米軍ヘリ炎上(琉球新報)                       




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報ステ 衆院選新潟5区:安倍が泉田裕彦の名前を連呼することになろうとは。 野党統一候補の大平えつこ氏(前魚沼市長)「原発再稼働、絶対に許してはいけません」「自民が勝てば、地元は再稼働を許したと判断されるでしょう。そんなことは許してはいけない」





「必ずいいことが巡ってくる」 諦めない 海の復活も人生も (中村征夫 義母のチヨさんからの言葉 『朝日新聞』2017-10-05一語一会)

『朝日新聞』2017-10-05